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君がほんとはひとに好かれるべきひとなんだって

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こんばんは

書評の最初の書き出しにもんもんとしてるので私がここ最近感じることについて書きます(いや頑張って考えろよって感じですけど笑)

最近思うというそれは、主観的なのは承知で、多くのひとが、ひととの関係性を簡単に諦めすぎなように思うということです

そして私が思い出すのは、私が大好きな大好きな、もうほんっとうに世界で最高の小説のひとつだと信じてやまない”The Great Gatsby”の一節です

Reserving judgements is a matter of infinite hope.

いきなり私の見解を述べるのもなんなので、翻訳家たちの訳を載せておきます

断定的に割り切ってしまわぬということは、無限の希望を生むことになる(野崎孝

判断を保留することは、無限に引き延ばされた希望を抱くことに他ならない(村上春樹

この部分の訳、個人的には日本語にすると逆に解釈しにくいイメージなんだけど(笑)、でもそれとなく噛み砕くと、

他人を「こんな人だ」なんて判断せずにいることは、そのひとに失望せずにいられるということで、失望しなかったらそのひととの関係性を諦めないでいられるわけで、そうしたらそのひととの可能性が消えないっていう希望を表してるんだよ

ってことだと思う

うーん、分かりにくいかな、めっちゃ私の中で完結してる感あるですね

他人を判断する、もっとズバッと言うと格付けするのを見送れば、変なイメージでしか他人を見れないこともなくて、ふたりの関係性や可能性って希望がありつづけるよね、という感じかな

なんかちゃんと言い換えられてるのかられてないのかわかんなくなってきました(笑)

でも、この希望を簡単に自分から手放しちゃうひとってわりと多いのかなって思います

自分を棚に上げて判断ばっかしてね

思い切ってちょっとここから口調きつめに言っちゃうと、自分を何様だと思ってるんですかってことです

「見かけで判断しないでほしい」
その誰かさんを「見かけで判断するひと」って判断してるのは誰ですか

「あのひとに話してもどうせ私の話聞く気ないから意味ないよ」
そのひとが聞く気があるかなんてどうでもいいけど、話す気がないのは誰ですか

「私はちゃんとああ言ったのにあの子が分かってくれなくて」
理解してないって言葉でその子を悪者にするのは卑怯だし逃げでしかないと思います、ちゃんと説得できなかったのは誰ですか

「見かけで判断するひと」「話を聞く気がないひと」「理解ができない馬鹿な子」

たくさんの側面があるひとをこんな言葉で片付けちゃうなんて

何様のつもりでいるんですか
自分が誰かの価値を決められるくらい価値ある人間かなんかだと思ってるんですか
何を基準に他人をそんな簡単な言葉でくくってるんですか
そのひとのひとつやふたつの局面を知ってるだけのくせに、それがそのひとを表すすべてだとでも思ってるんですか
たとえ百や千の局面を知っていようが、そのひとのすべてを分かったり知れたりするわけないのに、思い上がるのもいい加減にしたらどうですか

って私は思います思ってしまいます

なんかめっちゃ怒ってるみたいだけど、別に私怒ってはなくて、ただもうほんとに残念だなあって思うんです

他人をこんなひとだ、なんて決めつけないであげてね

あんなこともできないひとだ、なんて言わないであげようよ

それぞれ得意分野、苦手分野があるんだし

確かに君は何かにおいてあのひとより優れているかもしれないけど、あのひとのほうが君よりうまくできることだってあるんです

確かに君が求めたことをそのまましてくれないひとだっているかもしれないけど、でもその彼や彼女がしてくれたことだって絶対にあります

彼らができないことを君が、君じゃできないことを彼や彼女がしてくれてるんです

「いや、してないね」なんて言ってるお前は濁ったその汚い目をさっさと洗いに行くか潔く摘出でもしろ

ああほんとに
もったいないと思う
あのひとはこんなひとだからもう関わるのやめよう、とか言って、そのひととの可能性捨てちゃうのもったいない
非の打ち所のないスーパーマンも、何ひとつできない役立たずも存在しないんです
皆それぞれできることとできないことがあるんです

なんだか私の持論押し付け記事みたいになってるけど、誰かをダメなやつって判断したくなったときはちょっと自分よくないぞって立ち止まってみるといいと思う

確かに寝坊したのは良くないし、
約束破っちゃったのも良くないし、
悪口言うのも良いことでは決してないし、
きっとその子にも直すべきところはたくさんあるけど、そんなの皆一緒だし
欠点ばかり取り上げるのはやめよう
ひとをそんな簡単に嫌いにならないであげよう

嫌いなひとがいるひとはそれだけ他人に嫌われています

他人に愛想を尽かしてるひとは、自分だって周りから愛想を尽かされています

いちいち他人の欠点にばかり焦点を当ててひとと付き合ってそのひとたちとの関係性を諦めてたら、君はいずれ世界中のひとを嫌いになって、せっかく良いところもたくさんある君が世界中から嫌われて、ひとりになってしまうだろうけど、私はそんなの嫌だし、君がほんとはひとに好かれるべきひとなんだって、世界中のひとに教えてあげたいよ

「甘い」と「寛容」は違うよね

不完全な人間だから頑張ってるのに、「あの子はこんな子だからどうせだめだ」とか言うの、失礼だと思わないのかな

1度や2度の失敗でそのひとを切り捨てるなんて、横柄だと思わないのかな

そんなひとって、まさか自分自身も含めて、人類は何でもかんでも器用にやってのけられるスーパー生物なんて思ってる?

もちろん失敗しちゃいけないことだってあるし、その子が反省する必要がないなんて言わないけど、死ぬほど反省でもなんでもしたらいいと思うけど、その失敗で君が死ぬわけでもないんだし

死んじゃったなら、うーん、それは困るんだけど、そのひとに呪いでもかけたらいいんじゃないですか
死んだらそんな力も持てるかもしれないし

他人の失敗でそのひとを見限っちゃったら、死ぬのはそのひととの関係性、可能性のほうです

それでも、誰かの失敗やちょっとした一言とかでそのひとを切り捨てないで、そのひととの関係性を守りたいって思うのはそのひとに対して「甘い」のかな

言いたいのは、ひとのことをあれこれ言う前に自分が「寛容」になるよう努めてみようよっていうただそれだけのことです

でも、自分だけそんな立場取って他人に寛容でいたら不平等だって思うひともきっといると思う

いろんなひとと出会って話して思うのは、私も含めてひとはどうしてもフェアを求めたがるってことだけど、なら尚更、

他人から判断されたくないなら自分もひとを判断しちゃいけないと思う

私は自分勝手だから、別にたいそうな考えを持ってるわけではなく、自分がされたくないことはひとにしないってだけなんだけどね

っていうか、ひとのことは格付けしといて「私のことそんなふうに決めつけないでよ」とかひとに求めるなんてお門違いもいいとこというか、生意気すぎると思う

そんなひとには、なりたくないもんね

人に嫌われちゃうとかじゃなくて、自分がされて嫌なことはしない

もちろん私だってひとから嫌われたいわけじゃないから、嫌われるようなことはしたくないなって気持ちがないわけではない(笑)

ただ別に全員から好かれようって思って何かするわけでもないし、嫌われてもいいんだけど、わざわざ自分から嫌われるような生き方をしなくてもいいと思う

で、根本としてあるのはこんな自分は嫌だなってのがあってひとを判断なんかしたくない、するべきじゃないと思ってる

ひとつの考え方としてだけど、ひとを批判しないでいられるっていうのは他人から嫌われないとかの損得を超えて、自分が好きな自分でいられるひとつの要素だと思うんです

シンプルに、マイナスな感情ばっか持ってたら自己嫌悪になると思うし疲れるし

私は疲れることは嫌だからね

他人を判断する前に他人を割り切ろうとしてる自分を見直すのが大事だと思います

諦めないでいてあげてね
自分も他人も

無限の希望を自分の手で押しつぶしたりなんかしないでね

君もあの子も嫌なあいつも、尊いのは命だけじゃないです

世の中のひとというひとを格付けして嫌いになっちゃったひと、もう手遅れだって思ってるひと、そんな無謀なチャレンジしてオンリーワンの孤独を味わうような冒険者の君を、少なくとも私は好きだから、安心して戻っておいでね

やり直せばいいと思うよ

君がどんな最低な奴だったとしても、どんな人間「だった」のかなんて、ぶっちゃけ、正直、少なくとも私は、どうでもいいし

お わ り